受肉刑 草稿其の二十六

妹の御蔭ですっかりやられ役が板に付いてしまった感のある俺だが、これでもこのコロニーの気相を司る管理者であることは間違い無い。不安定になりがちな小規模コロニーの気象をバッファリングしているのは、俺の分子機械《ニーベルング》なのだ。

  まあ、名誉回復は後でするとして閑話休題。

  煉羊羹を頬張る。それが口の中に残っている内に砂糖塗れの揚げパンを手に取る。パンを咀嚼中に喉が詰まりそうになったので、砂糖を十杯入れたカフェオレで流し込む。次はチョコレートパフェだ。

  クエン酸地獄から這々の態で生還した俺は、今度は甘味の蟻地獄に陥っていた。

「スクロースは白色の天使だな」

  板チョコを手に恍惚とした表情で一人ごちる。

「何、気色悪い事口走ってるのよ」

  そう突っ込むテテュスもバウムクーヘンを口一杯に頬張っている。妹よ、リスの様な食べ方をしていると、折角の美少女面が台無しだぞ。

「しかし、生体と言うものは不自由で燃費が悪いな」

  取り敢えず話題を切り替えてみる。テテュスは生物学の専門家だから乗ってくるだろう。

「まあ、システム全体が一定のエネルギーフローを前提にしてるから。そもそも、進化=物理的最適化じゃないからねえ。孫コピーの数が最大であればそれで良い感じだし。『遊び』を残しておかないと環境の変化に対応出来ないし」

  そう話す合間にも甘味の山に果敢に突撃している。しかしこの山、二人掛かりで崩そうとしてるのに中々減らない……って、姉貴がガンガン追加してる!

「まだまだありますよ~」

  見りゃ分かるよ!今日は本当にフードプロセッサーがフル回転だな。っていうか、

「流石にこの量は生理的に無理だから!」

  我に帰ったテテュスからドクターストップが掛かりました。確かに、この量の糖分を消化したら体液組成が凄い事になるかも知れない。冷蔵にコストが掛かるから、食べ切れなかった分は分子機械で土と水と空気に戻すしかないな。

 

  胃袋と食欲を十二分に満たした俺は、また出掛ける事にした。これで三時間はもつ筈だ。念の為に、飴とキャラメルを持って行こう。現時刻は正午。夕刻迄には到着出来るだろう。目的地は地形変化が激し過ぎるので、生身で飛んで行くのは難しい。

「アイオロス」

  俺が玄関のドアノブに手を伸ばした所で、声が掛かった。

「……親父。何?」

「死ぬなよ」

「唐突に物騒な伏線を張るなよ!」

  どうも、我が家族は心配の表現がおかしい。

 

   一時間後。

「よっ……と」

  変な掛け声が出る。 漸く視点と重心のブレが収まって来た。代わりに速度が上がらず、少々不審な動きになってしまう。非線形システムの制御は永遠の課題だな。

 

  出立して二時間。問題の、険しい地形に差し掛かる。設計した本人だが、この道のりは人間には厳し過ぎるだろう。ただでさえ剣山の如く険しい上に、遠近感を狂わせる視覚的トラップを施した。更にぐねぐねと小腸の様に曲がりくねった小径には、景色が全く同じように見えるポイントを無数に用意してある。迷ったが最後、引き戻すか無意識に外に誘導されるしかない。ほぼランダムな時間と座標で地形を変化させているため、部外者が地図を作成するのも不可能に近い。

  そうまでして隔離せねばならない存在がこの先にいる。

  巨大な障害物そのものの荒地を抜けるのに二時間を必要とした。持ち歩いていた甘味も底をついた。開けた場所に出る。目的地である其処にはパステル調の一軒家が建っている。……それはそれでいいのだが、俺以外訪ねて来ない筈のその家の周りに人集りが出来ていた。シュプレヒコールみたいなものまで聞こえる。

「どうか我々に御助力を!」「共に、貴女をこんな所に幽閉した奴等を打倒しましょう!」五月蝿いな。俺達だって好きで隔離してる訳じゃない。

  近付いてみると、人集りの中心にはスケッチブックを掲げた女性が困った様子で立ち尽くしている。器用な事に、紙も見ずに書いては捲りを繰り返している。「圧さないで」とか「お引き取り下さい」等と読めるが、効果は全く無いようだ。やがて諦めたのかスケッチブックを下ろして溜息を吐いた。そして小さく口を開けると、

「お静かに」

  小さくもよく通る声だった。その一言で、騒ぎが完全に収まってしまった。

  気まずい静寂の中、神経質そうな数人の男女が俺の存在に気付いた。

「EXoD02だ‼」

  そう叫ぶと、群集は蜘蛛の子を散らすように女性から離れ、俺を大きく迂回して去って行った。その名称は生身じゃなくて機械の方の身体だ、愚か者。……まあ、咄嗟には見分けがつかないか。

  去り際に、幾人かが懐から地図(を映した電子ペーパー)を取り出していたのを俺は見逃さなかった。此処に辿り着けたのは、あれがあったからか。あんなものを作成出来るのは、伯父のカールしかいないだろう。姉貴が騙されてほいほい教えたのでなければ。今度は地形造成プログラムのアルゴリズム自体に揺らぎを付与しよう。

  ともあれ、此処に残ったのは俺とスケッチブックの女性の二人のみ。

『あらあら』

  わざわざ感動詞を筆記して見せる意図がよく分からない。彼女は俺が読唇出来る事を思い出したのか、掲げていたスケッチブックを下ろしてこちらに駆け寄って来た。相変わらず唇の動きがあらあら言っている。何をそんなに感嘆しているのだろうか。

  彼女は手の届く範囲にまで俺に近付くと、俺の身体をぺたぺた触り始めた。ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた……。

「止めんかっ」

『あんっ』

  不機嫌そうに振り払うと、彼女は芝居がかった仕草で抗議してきた。

「何なんだ一体」

『だってその身体……生身ですよね?』

  一瞥で看破するとは目ざといな。

「よく気付いたな」

『鋼鉄の身体とは、重量感が違いますから』

  そう云うものか。

『まあ兎も角』

  こほん、と小さく咳払いをして彼女は居住まいを正す。

『どうぞお入り下さい。育ち盛りの身体だから、お腹が空いてらっしゃるでしょう。腕によりを掛けておもてなし致します』

「有り難い。実は、腹が減って倒れそうだったんだ」

 

『今日は、その姿を私に見せに来て下さったんですか?』

  俺は月に一度、定期的に此処を訪れている。もっと手軽に彼女をモニタリングする方法はあるが、覗きは俺の趣味ではない。俺が周期から外れた時期に来たので、彼女は疑問を抱いたのだろう。

「そんなところだ」

『一昨日は酷い嵐でしたけれども、そのお身体になられた事と関係が?』

「嫌になる程鋭いな」

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